20221112 休日
あなたは運がいいですか?当時パナソニックでの面接にて松下幸之助氏が行った質問である。この質問にはい、と答えた人を採用したとか。こんな擦り散らかされている事を書きたくはないが、有名エピソードなので導入に使わさせて頂いた。
要は運が良かったと思える経験を持っている。つまり、運で成功するテーブルに努力で乗ったかどうかという事を聞いているのだろう。そのためこのエピソードは努力によって成功体験を積みましたかという質問にはい、と答えた人を採用したと言い換えてもいいと思う。こう書くと、それはそうだろと思える。ガクチカや学生時代に努力した事への質問と大して変わりない。それがこんなに語り継がれているのは、運という概念の有無について問う事について、インパクトがあるからだろう。
要は運が良かったと思える経験を持っている。つまり、運で成功するテーブルに努力で乗ったかどうかという事を聞いているのだろう。そのためこのエピソードは努力によって成功体験を積みましたかという質問にはい、と答えた人を採用したと言い換えてもいいと思う。こう書くと、それはそうだろと思える。ガクチカや学生時代に努力した事への質問と大して変わりない。それがこんなに語り継がれているのは、運という概念の有無について問う事について、インパクトがあるからだろう。
偏った意見だが、上記を踏まえても運という概念をあまり信じていない。確かに、何かをなしえる時に運が絡む事はある。ただそれは、タイミングの問題やその人の努力によってなされているだけだ。そこに運が絡む余地は無い。なぜならタイミングが会わなかったり、努力が足りなかった場合はそれによる結果が想像出来る。ただ運はなかった場合が不明瞭だ。あの時運が良かったらといった、想像はしないだろう。してもしょうが無いからだ。そこを見つめても次に活かす事は出来ない。つまり振り返る意味も無ければ対策も出来ない。そんな物信じてもしょうが無いと思っている。
考えてもしょうが無いから考えない。正解か不正解か分からない。自分を守っているだけかもしれない、目を背ける事で。まあいろいろ書いたけど、運という概念を振りかざされる事がになんか嫌悪感があるだけでーす。じゃあね
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